京都
泉涙暮いずみるいぼ−木津川市加茂町−
 木津川市に加茂町という町がある。むかし泉川と呼ばれた木津川(写真左)が貫流し、古くから水運でひらけたところだ。
 同町の瓶原(みかのはら)に恭仁京(くにきょう)址がある。奈良時代の一時期、日本の首都をなし、木津川の段丘上からその甍を川面に映していたことであろう。恭仁京址近くの海住山寺(かいじゅうせんじ)、左岸の山地にひらけた当尾(とおのお)の浄瑠璃寺や岩船寺など当地は途方もなく古い歴史が塗り込められたところである。
 加茂町に泉涙暮という歌人がいた。大正4年3月、同町里に生まれ、行商をしながら姉弟を養い、病を得て昭和5
 年10月没。享年29歳。加茂の山河を歩き、しのびよる病魔とたたかいながら、日々の移ろいを歌に託した歌人だった。病身を引きずり、山坂を越え、一日の労働を歌で癒すこともあったのだろう。歌には一片の惨めさもない。静かな境涯を山河に託している。歌集「続溺れ蛍」(平成15年3月。鳥井芳英編集)から2、3句紹介させていただきたい。編集者の鳥井芳英氏は涙暮の実弟のよしである−平成20年10月−
蒼き月 泉河原に 眺めつつ 牛弁当を 食らう人あり
黄昏て 宵待草の 泣きたさよ 泉河原の おぼろ月かな
肝寒く 青く映じる 月の影 君と別れし 泉大橋